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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5006号 判決

原告 飯田基治

被告 不二興業株式会社 外一名

一、主  文

被告等は原告に対し各自十七万四千円の支払をせよ。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を原告その余を被告等の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り、原告に於て執行前、被告等の為各二万円、又は当裁判所がこれに相当すると認める有価証券を、担保として供託するときは、仮に執行することができる。

二、事  実

原告は「被告等は原告に対し各自二十七万九千円の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求める旨申立てその請求の原因として

原告は昭和二十七年四月四日午前十一時二十五分頃、東京都中央区日本橋室町一丁目一番地日本橋の東側歩道から、西側歩道に横断しようとして、左右を見渡し、通過車輛が一台もないのを見極め、車道を直角に横断、今一歩で西側歩道に達しようとした刹那、被告会社の被用者である被告米田昇は被告会社所有のラビツト第五七二一八号に乗つて日本橋の南側から無警告で突進し来り原告の左足下腿に激突、原告を路面に顛倒、加療二カ月を要する右足下腿骨骨折の重傷を負わしめ原告及び通行人数人の呼止をもきかず、その儘北方に逃走した。同被告はラビツトの運転については運転免許を得ていず、前方注視義務を尽さず、警音器又は肉声による警告をも与えず、しかも右ラビツトのブレーキは完全でなかつたのであるがそれは同被告の重大なる過失というべきである。原告は被告等の主張するように、衝突直前に小走りに走つたようなことはない。原告は道路元標の東側、即ちその少し手前に於て、被告米田昇の運転するラビツトが日本橋南側の交叉点の西南角から東北より約二、一米の地点から、北進するのを認めたが、原告はこれより先に、日本橋の西側歩道に達し得ると考え、歩行を続けたものである。被告会社は鉄管パイプバルブ等の売買並びにその工事請負業を営む株式会社であるが、被告米田昇は被告会社の社用により、千代田区神田迄右ラビツトを走らせたものであつて、本件事故は被告会社の事業の執行につき被告米田昇が原告に加えた損害ということができる。それ故被告会社は被告米田昇と連帯して、原告が右事故により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

さて原告は明治二十二年七月十七日、茨城県東茨城郡長岡村に於て出生、明治三十六年長岡村高等小学校を卒業、明治四十年海軍志願兵として横須賀海兵団に入団、明治四十四年三月海軍高等科信号学校を卒業、大正十年四月海軍兵曹長に累進して、予備役に編入され、同年七月海軍技術研究部庶務課に勤務、大正十三年七月から東京都交通局に、約一年半都電運転手として、その後は主事補として勤務昭和二十一年三月辞職この間直接間接に電車運転手の監督を担任、その後水戸市郊外に於て農業に従事していて当時の月収一万円であつた。しかるに原告は昭和二十七年四月四日から昭和二十八年七月十四日迄約十五カ月半負傷の為農業に従事することができなかつた。原告は財産としては田一反五畝、畑三反歩山林二町歩をもつているが昭和二十八年七月十五日漸く千代田区神田錦町日本能率事務機株式会社に入社し、農業を廃するに至つた現在の症状は、天候の変化に際し患部にしびれと疼痛を感じ、普通の歩行には支障はないが、早駆以上はできず、階段の昇降坂路の歩行は困難であつて、重労働及び重量物の運搬は到底できない。

(一)(1)  原告は右傷害の治療の為日本医科歯科大学附属病院に診察費百円自宅から病院への自動車往復運賃四百円、合計五百円

(2)  主治医のすゝめによりマツサージ料一回百円、二十回につき二千円、温泉入浴料一回五十円、三十回につき千五百円、以上合計四千円を支払い。

(二)  昭和二十七年四月四日から昭和二十八年七月十四日迄約十五カ月半に亘り、農業によつて得べかりし収益一カ月一万円の割合により、十五万五千円の収益を挙げることができず。

(三)  昭和二十七年四月から同年十月末日迄七カ月間に亘り自ら、農耕をなすことができず、他人を雇つてこれを継続しなければならなかつたが、それ等の人々に対する費用として一カ月一万円の割合による費用合計七万円の余分の支出を余儀なくせられ以上合計二十二万九千円の損害を蒙つたから、被告等はその支払義務があるのみならず、被告等は原告に対し原告が前記傷害により、歩行困難疼痛を感ずるにより受けた、精神的打撃に対する慰藉料として五万円以上総計二十七万九千円の支払義務がある。よつて原告は被告等に対し右損害金及び慰藉料の連帯支払を求める為本訴各請求に及んだ。

被告等が抗弁として主張する事実中、本件事故発生現場の近くに、被告等主張のような横断歩道があることは認めるけれども、原告はその当時、右の横断歩道のあることを知らなかつた。その他の被告等主張の事実は全部これを否認する。被告等は東京医科歯科大学附属病院に原告の治療費として三千六百二十五円原告を同病院に運んだ寝台自動車の運賃四回分三千六百円タクシーの運賃四回分六百円原告が負傷後直ちに応急措置をうけた岩井医院の応急措置料五百円岩井医院から右附属病院迄のタクシー運賃百五十円以上合計八千四百七十五円を支払つたにすぎないと述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は「原告の各請求を棄却する」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、被告米田昇が被告会社所有のラビツトを無免許運転し、昭和二十七年四月四日午前十一時二十五分頃、原告主張の個所に於て、原告と衝突し、原告がその為負傷したこと、原告が大正十三年七月から昭和二十一年三月退職する迄東京都交通局に勤務し、交通業務に従事していたこと被告米田昇が被告会社の被用者であること、被告会社が鉄管パイプバルブ等の売買並びにその工事請負業を営む株式会社であることはいずれも認めるけれども、被告米田昇に原告主張のような過失のあつたこと、被告米田昇が原告に傷害を与えたことが、被告会社の事業の執行につき加えられたものであることはいずれもこれを否認する。その他の原告主張の事実は全部知らない。

被告米田昇は、その日正午の休時間を利用し、予て社長や専務取締役から乗ることを禁止されていた、被告会社所有のラビツトを密かに持出し、中央区日本橋室町三丁目大和工業株式会社に勤務している友人牛島某の許に遊びに行く途中、本件事故を惹起したのであつた。日本橋の南の袂横断歩道の手前で、道路元標のあたりに立留つている人(その後原告と判明)を認めたが、その人は同被告の進行方向と同一方向に斜めにゆつくり歩いてゆくので、その速度を以てすれば、当然同被告のラビツトの方が、先にその人の歩行先を通過し得るのであろうと観測し、同人を稍避け気味に、左側歩道よりに進行していたところ、原告は俄かにラビツトの進行方行に近ずいて来たので、同被告は「危い」と怒鳴りつゝ、ブレーキをふんだ。しかしそれが中古車であつた為ブレーキが利かなかつた。この時どうしたことか、原告が小走りにラビツトの進行方向に駈けこんだので、アツという間に衝突して終つたのである。(以上の詳細は被告の昭和二十八年九月十一日附答弁書添附の図面を引用する。)原告はその自陳するように道路元標のあたりで、被告がラビツトの進行を認めていたのであるから、かような場合、原告としては同被告のラビツトの通過を待つて、横断すべき義務がある。しかるに原告はその義務を果さないのみか、剰え小走りで右ラビツトに衝突するに至つたことは、原告の重大なる過失といわざるを得ない。いわんや、被告米田昇が被告会社の事業の執行につき、原告に傷害を与えたということは到底できない。

(一)  仮に被告米田昇に何等かの過失があつたとしても、本件事故には原告の次のような重大な過失があつたから、被告等は原告の損害賠償額の算定につき、過失相殺を主張する。即ち原告は前記日時、日本橋の中央道路元標の在る個所の車道を、東側から西側に向い、約六十度の角度を以て斜に横断せんとしていた。しかしながら日本橋の南北の両端、道路元標から北に四〇、九米の個所、南に三二、六米の個所に、それぞれ横断歩道の設備がある。原告は大正十三年七月から昭和二十一年三月迄、東京都交通局に於て、都電の運転手として勤務していたから、道路を横断せんとする者のじゆん守すべき法規に精通し、かつ日本橋の両袂には、前記のような横断歩道のあることを熟知している筈である。即ち原告は、道路交通取締法に基く道路交通取締令第十条第一項第二項により横断設備のある道路に横断しようとするときは、その横断歩道によつてのみ道路を横断しなければならず、もし衝突個所がそれに該当しない場合には、最短距離を選んで横断しなければならないことを知つていたに違ない。しかるに原告は右横断歩道によらず、日本橋の中央を横断し、しかも斜にこれを横断したことは、法定の注意義務を尽さなかつたことは明である。

(二)  仮に右抗弁が理由がないとしても、被告米田昇は原告と、その損害賠償請求につき和解契約を結んだ。即ち事故発生当日、日本橋警察署の交通主任佐野茂から、「この事件については原告及び被告米田昇共よくないから、示談せよ」という勧告があつたので、被告会社の専務取締役山田嘉男は被告米田昇の代理人として、原告と折衝の末、原告が事故発生当日、入院した東京医科歯科大学附属病院の治療費の限度に於て、損害の賠償に任ずべきことを約し、その旨の示談書に調印し、その契約に基いて

(1)  同年四月四日       レントゲン等治療費及び寝台車代 約五千円

(2)  同年同月五日       見舞品及び治療費        二千円

(3)  同年同月六日頃      レントゲン等治療費及び寝台車代 三千二百円

(4)  同年五月中旬       同右              三千五百円

(5)  同年六月上旬       同右              三千二百円

(6)  同年四月から同年七月頃迄 見舞品(リンゴ箱六、七回)   二千円

以上合計一万八千九百円を支払つた。従つて原告の被告等に対する本訴各請求は全部失当である。

と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告が昭和二十七年四月四日午前十一時二十分頃、東京都中央区日本橋室町一丁目一番地日本橋上に於て、被告会社の被用者である、被告米田昇の運転する被告会社所有のラビツト第五七、二一八号と衝突したことは、被告等の自白したところである。そこで右衝突がいかなる原因に基くものであるか、原告がそれによりいかなる傷害を蒙つたかにつき判断する。

その成立に争のない甲第四号証第六ないし第十号証の各記載原告(第一、二回)及び被告米田昇各本人尋問の結果、並びに本件事故発生現場検証の結果を綜合すると、次の事実が認められる。即ち原告は同年同月同日午前八時肩書住所である次男治方を出て、日本橋兜町の証券会社にゆき、午前十一時すぎそこを去つて、日本橋東南側の巡査派出所の前を通り、橋の東側歩道の中央迄来た。そこで一応立止つて左右を見渡し、車馬の通つていないことを確認して、車道の横断を始め、橋の中央道路元標の北寄りを通過し、稍右斜に横断しかゝつた。そして道路元標を通過する頃、被告米田昇の乗つたラビツトが、橋の南袂の方向から北進するのを認めたが、ラビツトの通過前に西側歩道に到達し得ると判断した。そして西側歩道に約一米手前の地点に於て、右ラビツトに左足を打ちつけられ右半身を下にして顛倒した。被告米田昇は同日、被告会社から神田迄、仕事の打合せにゆくことを命じられ、被告会社から右ラビツトに乗つて、日本橋に時速約十粁を以てさしかゝつたのであるが、自身から約二十七八米前方、神田方面行都電軌道の中央に、進行方向の右から左に、横断中の原告を認めたが、尚その儘運転を継続し、同人との距離が約四、五米に迫つた時、原告の前方を通過しようとした。しかし減速の措置、及び警音器又は肉声によつて、原告に警告を与える等の措置をとらず、却つて一気にその前を通り抜けようと思つて、時速十五粁に加速し、三米手前の地点で、意を飜し、一旦ブレーキをかけたが不完全であつた為(この点は被告等の認めるところである)遂に原告を前記位置に於て顛倒せしめ、原告に加療二カ月を要する、左下腿骨骨折の傷害を与えたこと、原告が小走りに西側歩道に近よつたことはないこと、当時事故発生現場には、原告及び被告米田昇以外には、車道を通行する都電自動車歩行者は全然なかつたこと、原告は通行人によつて、日本橋通一丁目三番地岩井医院に担び込まれ、強心剤を二回打つて、意識を回復したことが認められる。右認定に反する部分の被告米田昇本人尋問の結果は、当裁判所の措信しないところであつて、他にこれを左右するに足りる証拠資料はない。そして同被告がラビツトの運転免許を得ていなかつたことは、被告等の自白したところである。そうすると、被告米田昇は無免許運転をなし前方注視をなさず、原告に対し警音器等による警告を与えなかつたこと、不完全なブレーキのラビツトを運転し、しかも減速すべき場合に加速した点に於て、重大な過失があつたということができる。

そこで被告等の過失相殺の抗弁につき判断する。日本橋の南北の両端、道路元標から北に四〇、九米の個所、南に三二、六米の個所に、それぞれ横断歩道があることは原告の自白したところである。そして当裁判所に顕著な道路取締令第十条によれば、歩行者は道路を横断するときは、横断歩道の設備のある場所の附近においては、その横断歩道によつて道路を横断しなければならない義務があることが明である。本件事故発生現場は、右の横断歩道の殆ど中間に位置しているから、原告としては、右南北の横断歩道のいずれかによつて横断すべきであつたといわなければならない。しかしながら、右事故発生現場検証の結果によれば、日本橋上の車道は、神田方面行都電の西側の軌道と、西側歩道の東端との間に約六〇九米の間隔があり、前掲認定の事実によれば、当時右現場には、原告及び被告米田昇の外には、何人も通過する者がなかつたのであるから、被告米田昇が前方注視義務を完全に履行し、減速措置を講じていたならば、幅約半米のラビツトが、原告をたやすく避け得たであろうことは、見易い理であつたと謂い得る。それ故、当裁判所としては、原告の受傷に対する被告米田昇の過失の比率は、原告自身の過失に比し、圧倒的に重かつ大と認めざるを得ないのであつて、被告等の損害賠償額の算定につき、原告自身の右過失を斟酌することは、穏当でないと考える。

そして前記甲第六第八号証の各記載によれば、被告米田昇は被告会社の仕事の打合わせをなすべく、千代田区神田迄ラビツトを運転走行中、右の事故を惹起したものであること被告会社はかねがね同被告に早く運転免許をとつて被告会社の仕事をせよと命じ、同被告は被告会社前の道路でその練習をしていたことが認められる。この認定に反する部分の甲第八号証の記載証人山田嘉男の証言、被告米田昇本人尋問の結果は当裁判所の措信しないところであり、他にこれを左右するに足りる証拠資料はない。してみれば、原告の受傷は、被告米田昇が被告会社の業務の執行につき、原告に加えた損害ということができるから、被告会社は被告米田昇と連帯して、原告にその受傷によつて蒙つた損害を賠償しなければならぬ義務があるといわなければならない。

被告等は、被告米田昇は、被告会社の専務取締役山田嘉男を代理人として、昭和二十七年四月四日、原告との間に、原告が東京医科歯科大学附属病院に支払うべき治療費の限度に於て、損害の賠償に任ずべき旨の和解を結んだと抗弁するけれども、この点に関する証人山田嘉男の証言は、当裁判所の措信しないところであつて、他に右の事実を確認するに足りる証拠資料はないから、右の抗弁はこれを採用しない。

そこで原告の蒙つた損害につき判断する。その成立に争のない甲第十一号証の記載、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は昭和二十七年四月四日から二日間東京医科歯科大学附属病院に入院手術をうけ、その後同年八月十五日迄通院治療をうけ、診療費三千七百二十五円の内百円(その他は被告等が支払う)自宅から右附属病院迄自動車往復運賃として四百円を支払い、昭和二十七年八月からギブスを外す昭和二十八年六月迄、主治医のすすめにより、按摩によるマツサージ及び飛烏山附近音無川温泉に入浴し、マツサージ料として二十回に二千円、温泉入浴料として三十回に千五百円、以上合計四千円を支払つたこと、原告は受傷当時水戸市郊外に於て、田一反五畝、畑三反歩、山林二町歩をもつて農業を営み、月平均一万円の収入があつたが、事故当日から昭和二十八年七月十五日日本能率事務機株式会社に就職する迄、約十五カ月半に亘り、農業を放棄していたこと、農業による一カ月の収入は一万円であつたこと、原告は昭和二十七年四月から同年十月迄七カ月間に亘り、自ら農耕をなすことができず、他人を雇つてこれを継続しなければならなかつたことが認められる。原告は雇人の為に一カ月一万円の余分の支出を余儀なくさせられたと主張するけれども、この点に関する原告本人尋問の結果(第二回)は、当裁判所の措信しないところであつて、原告の一カ月の支出は、一般経験則に照し、その半額の五千円を以て相当なりと認める。従つて原告の右七カ月間の雇人に対する余分の支出は、三万五千円に過ぎないと認めざるを得ない。又原告は、その受傷により、昭和二十七年四月四日から昭和二十八年七月十四日迄約十五カ月半に亘り、農業によつて得べかりし利益一カ月一万円の割合により、十五万五千円の収益を挙げることができなかつたと主張するけれども、原告は右に認定したように同年四月から同年十月迄、他人を雇つてその農耕を継続したのであるから少くともその七カ月間は一カ月一万円の割合による収益を得たものと断定せざるを得ない。それ故原告は同年十一月一日から昭和二十八年七月十四日迄、約八カ月半に亘り、右認定にかゝる農業による一カ月の収益一万円合計八万五千円を挙げることができず、同額の損失を蒙つたものということができる。

次に原告本人尋問の結果によれば、原告は現在、普通の歩行には支障がないが、早駆等はできず、階段の昇降、坂路の歩行には困難を覚え、天候の変化に際し、患部にしびれと疼痛を感じ、重労働及び重量物の運搬等はなし得べくもないことが認められる。して見れば、原告の右の傷害によつて蒙つた苦痛に対し、被告等に請求し得べき慰藉料は、被告等が前段認定のように、東京医科歯科大学附属病院に、原告の治療費として三千六百二十五円を支払つた事実、その他原告自認にかゝる、寝台自動車タクシーの運賃、岩井医院の応急処置料合計四千八百五十円を被告等が支払つた事実を考慮し、五万円を以て相当なりと認める。

これを要するに、原告の被告等に対する本訴請求中、前記治療費、自動車往復運賃、マツサージ料及び温泉入浴料合計四千円、昭和二十七年十一月一日から昭和二十八年七月十四日迄、農業による収益の喪失八万五千円、昭和二十七年四月から同年十月迄農耕雇人に対する支出三万五千円、慰藉料五万円、以上十七万四千円の連帯支払を求める部分は、正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文、第九十三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項前段を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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